韓流な私の気ままブログ

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萩へGO!明神池編

笠山のふもとあたりにある明神池にはたくさんの魚が
泳いでいました。
マダイ、イシダイ、ボラ、エイ、コチ、スズキなどがいましたが、
かなり巨大化した魚もいました。


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たくさんいたものは魚だけでなく、(トンビ)と
魚に餌をあげようとすると上空にはその餌を狙う鳶の
大群がいてびっくりです。

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鳶の動きが速いので私がカメラのシャッターを押した時には
何も写らず。しかし次男がなんとか撮ってくれました。


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猫もあちこちにいました。
右の猫ちゃんは目の玉が両方とも無かったのですが
ぶつからず歩いていて不思議でした。


明神池の周りには風穴というところがあり、日本海からの
海風が、溶岩の隙間を通るうちに温度が一定に保たれ、
苔むす岩々の隙間から冷風となって吹き出していました。

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風穴へむかう道

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風穴の中
夏にくれば良かった~。

風穴のすぐ近くには厳島神社もありました。
この神社は、貞享3年(1686年)萩藩2代藩主毛利綱広が、
毛利元就が信仰していた安芸の厳島明神を勧請して分岐、
これに因んで明神池と呼ばれるようになったそうです。

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ご祭神は宮島の厳島神社と同じで宗像三女神の
市杵島姫命
田心姫命
湍津姫命


境内には猿田彦大明神と少童大明神の石塚もありました。(左)CA3G0839.jpg
右の方は宗像三女神で、月と太陽の絵が入っています。
普通の石ですが光の入り方でキラキラと丸い模様が
入って(実際には文字が書いてあるだけです。)
パワーストーンみたいに写りました。
この前では、ぼ~っと見入ってしまいました。

次回は萩のグルメ編(完結)です。


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萩へGO!笠山編

笠山は、山口県萩市にある標高 112m の活火山です。
火山として世界最小などと称されることもある山です。


CA3G0824.jpg
火山の噴火痕(クレーター)
この下を溶岩が流れ、今もなお脈々と活動が続いているのかもしれません。

近くまで行き力強いエネルギーを感じました。

山頂には展望台がありそこからの景色は絶景でした。
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萩六島の一部が見えます。
数万年前はこれらの島があるところは陸地でやはり火山だったそうです。
海がなく、見えている島々が山の頂上だった頃を想像してみました。
地球は人間の時間とは比べ物にならない位のゆっくりの時間をかけて
変化を続けているんですね。
自然からしたら人の尺度で言う時間はあっという間で、人生なんていうのも
一瞬のことなのかもしれません。

その一瞬を出来るだけ有意義に楽しみたいなと思う今日この頃。

展望台から眺めた海はとても美しく、どろどろの(笑)心が浄化されました。
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大正15年5月には当時の皇太子様も来られたようです。
大正12年の関東大震災の3年後ですが、昭和天皇に
あたられるのかな?
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笠山山頂へ行く途中には焼きイカ屋さんがありました。
洗濯物のようにイカが干してあるのが面白い。
焼きイカも100円ととても安いです。

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次回は明神池の厳島神社です。

萩へGO!松蔭編

今日は次男の学業祈願を兼ねてへ行ってきました。
受験にはもう1年ありますが、これから1年間
学業に励むことが出来るよう?お祈りしてきました。


美祢市から萩市へは小郡萩道路の開通で1時間もかからず
とても近く感じました。


学業といえば松蔭神社です。

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吉田松陰は1856年から1858年までの2年間ですが松下村塾で
自分の信念を塾生たちに教えました。

学問を「人間とは何かを学ぶことである」と説き
「学者になってはいけない。 実行しなければならない」と
学んだことを活かし実行に移す大切さを強く説かれたそうです。
脱藩や密航を試みるなど、実行に実行を重ねる松陰先生であった
からこそ、若者達の心は強く揺さぶられ、惹き付けられていったようです。

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実際に講義が行われていた部屋
門下生には伊藤博文や山県有朋など総理大臣をされた方や
高杉晋作、久坂玄瑞などの明治維新で活躍した方たちがいます。


吉田松陰は30歳という若さでその思想が原因で死罪になってしまいました。
今の日本ではまず考えられないことですが、国家の在り方次第では
今でも思想だけで命が危ない国もありますので、今の日本はまだまだ
国民が国を動かすことが可能なのかもしれません。


死に際しても平静かつ潔い松陰の姿に、首切り役の山田浅右衛門が
その様子を回顧したそうです。

「いよいよ首を斬る刹那の松陰の態度は、実にあっぱれなものであった。
悠々として歩き運んできて、役人どもに一揖(いちゆう)し、“御苦労様”
と言って端座した。
その一糸乱れざる堂々たる態度は、幕吏も深く感嘆した」


そして吉田松陰の永訣の歌と言われているのがこちらです。
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親思ふこゝろにまさる
親こゝろ
けふの音つれ
何ときくらん
        寅二郎


萩往還公園内の道の駅には銅像がたくさんありました。
さて松蔭先生はどれでしょう??

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ヒント
松陰先生は日本の未来を指さしていますが(推測)
次男は指しているものを探しているようです。


次回は笠山編です。

美味しいカレー

今日は大都市地域特別区設置法が成立したようです。
総人口200万人以上であれば、特別区に出来るけど今の日本だと
札幌、さいたま、千葉、横浜・川崎、名古屋、京都、大阪・堺、神戸
あたりですね。
大阪維新の会の橋本さんの大阪都構想が現実化し始めた感じです。
大阪都構想によると区長が公選されるので、大阪市にとって、260
万人に一人のトップだったのが、30万人に一人のトップが生まれます。
これにより区長は身近な存在になるので現状の押しつけられた行政ではなく
区民がより政治に近づくことができるというメリットがあるそうです。
でも橋本市長はこの法案の成立によって、特別区の名称や区域の設定
事務権限、税配分の検討、区ごとの格差がないように行政サービスの調整
などこれから大変になられるでしょう。
美祢市には関係のない法案かもしれませんが少しずつ、日本の政治に
良い方向の変化が起こることを期待します。

さて先日、門司港レトロに行った時の美味しいカレー屋さん情報です。
夜の門司駅はこんな感じでした。
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少しの間に日も暮れ・・・
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焼きカレーのお店はたくさんあったのですが一軒だけ店内に入りきれず
外にもお客さんが待っているお店があり、上戸彩ちゃんの宣伝看板も
あったので待ってでも食べてみることにしました。
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その名もスーパー焼きカレーというらしい。
期待が膨らんできました。

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店の前でひたすら待つ人々(PM8時すぎ)

やっと店内に入れました。
注文したのはもちろん「スーパー焼きカレー
スーパーがつくだけで特別な感じがしてワクワクします。
テーブルにはこんなものがありました。
DSC_0325.jpg
ちょっと見えにくいですがカレーのスパイスに入っている漢方成分と効能
が書いてあります。
カレーは刺激物で胃にはあまり優しくないと思いきや、胃薬成分が多いのに
ビックリしました。

そしていよいよスーパー焼きカレー登場です。
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これ、予想以上に美味しかったです。
何かわからないですが緑の野菜?や卵などが中に入っていて
かけてあるチーズもこのカレーにどんぴしゃで
今まで食べたカレーで一番美味しいかも・・・。

門司で焼きカレーを食べようかなと思ったら是非このお店で
スーパー焼きカレー(ちょっとしつこい)を食べてみて下さい。





旅行記『山口・門司編』

自宅についたのは夜中の12時過ぎでした。
たろくんはちゃんと起きていて警備のお仕事をしていました。
暗いので「ただいま」と声をかけてその日は休むことに。
次の日、たろくんのところへ行ってみると・・。

相変わらずな感じで待っててくれてました。
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一体どこ行ってたんだぜぇ。」

いつもならおやつをがん見するのに、ナムピョンをじっと見つめるたろくん
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本当にお父さんだぜぇ。帰ってきて良かったぜぇ。」

たろくんも安心したようです。
長男は一緒に帰ってきたものの、大学で課外の簿記授業を
受けるため1週間後にまた滋賀県へ戻る予定です。
が、愛媛の実家から帰る前日あたりから右下腹部が痛いと
言っていたので病院へ行くと、診断結果は「盲腸炎
春に行く前には「気胸」で次は「盲腸炎」とは・・。
お医者様がおっしゃるには、ひと昔前までは盲腸という器官
は無い方が良いとされ、すぐに切ってしまっていましたが
今の医学では、盲腸の中の内分泌細胞は成長に欠かせない
各種な免疫細胞を作り出し、免疫機能を高める役割があるので
なるべく切らない方が良いということでした。
なので切らずに抗生物質で炎症をおさえこみ痛みを散らす
治療をすることになりました。
絶食」「安静」と言われ、連日友達との予定を入れていた
長男はキャンセルせざるを得ずしょんぼりです。
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寝込む長男の上にぬいぐるみを置き慰める?ナムピョン(夫)
このぬいぐるみは長男が小さい頃からのお気に入りで名前を「とら次郎
とつけていました。

滋賀県に帰る日を4日間延ばし、後半は痛みもとれ食べれるようになった
ので友達と会ったり出来ました。

そして授業にあまり穴をあけられないと、26日に門司
船に乗るために手続きをする長男
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最後に一度振り返り、また一人、船へと乗り込んでいきました。
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母親というのは面白いもので、振り返る長男は大学生なのに
一瞬、小さかった頃の長男に見えたりします。
心配は尽きませんが、少しずつ成長してくれることを願い、
笑顔で送り出しました。

ちょっとさみしかったけど、春に長男を残し滋賀県から帰る
時よりも私の立ち直りはずっと早く、
「せっかくだから3人で門司港レトロに行って焼きカレーでも
食べようか!」
と夜の門司港レトロへとむかいました。

そこで食べたカレーが、今まで食べたカレーで一番美味しかった
ので後日アップしたいと思います。

これで年ぶりとなる家族旅行は終わりました。
(帰省だけなら毎年してますが)
良い思い出になったのでまた仕事に家事に頑張りま~す!

余談ですが次の日、長男は無事に滋賀のアパートに着きましたが
私達の快適な船の旅と違い、かなり揺れたようです。
丁度、台風が沖縄を通過していた影響だったのですが
揺れる船で長時間はきつかったでしょうね。
「ちょっときぼち悪かった」と言ってました(笑)








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