韓流な私の気ままブログ

2013年05月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2013年07月
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2013年06月
ARCHIVE ≫ 2013年06月
      

≪ 前月 |  2013年06月  | 翌月 ≫

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

薔薇水

久々のブログ更新です。
身近で不幸が続き、パソコンへむかうのが疎かになっていました。
その中で実家の近所のハラポジ(おじいさん)も92歳で旅立たれた
のですが、そのハラポジとの思い出話です。

私の実家は昭和時代、炭鉱の町の中の酒屋さんでした。
当時、石炭は軍事用の大切な燃料として炭鉱町はかなり活気があったそうです。
ウリハルモニ(うちのおばあちゃん)から聞いた話では、炭鉱で働く男の人は
いつ鉱内で命を落とすかわからない状況だからか、雄々しく荒々しかったと
言います。
あちこちで喧嘩が絶えず、酒代の集金に行くときは恐ろしかったそうです。
しかし、閉山とともに急激な人口減少により、売上は激減。
父は一家を養う為に酒屋を辞め、外に働きにでたそうです。
その後、酒屋を引き継いで下さったのが近所のハラポジでした。


両親は共働きをしていたので私と妹は小学校から帰るといつもそのハラポジの家
で過ごしていました。
父も母も帰りが遅くなることが多かったので晩御飯もお風呂まで面倒をみて
下さっていました。
今でも一緒に楽しくお風呂に入っていたのをよく覚えています。
ハラポジもハルモニも血の繋がりも何もないのに我が子のように怒って下さったり
遊んで下さいました。
お二人の子供さんたちも本当の兄、姉のようでそのまま一緒に寝てしまうと
朝、いつの間にか家に運ばれていたものです。
遅く帰った父が、迎えに来て抱っこして帰っていたようです。
なので私はハラポジがお酒の配達をすると言えば一緒にエアコンのない
軽トラックに乗り、窓を全開にして歌を歌いながらついていき運ぶのを手伝い
ました。
それはハラポジが喜んで下さるのが嬉しかったからです。

でもやはり中学生になると段々とハラポジの家から足が遠のき、私も遠方に
出たりするうちにいつしか訪れることもなくなっていました。

そしてこの度の訃報を聞き、お葬式に参列させて頂きましが
お顔を拝見した時に心の中は唯々、
「ありがとう、ありがとうね。おじちゃん、育ててくれてありがとう。」
という感謝だけでした。
そしてお疲れさまでしたと労いの言葉をかけ、手を合わせてきました。
人と人の繋がりは血の繋がりだけではないんだということを実感させて
下さったハラポジでした。

そしてブログを通じて縁が繋がったRちゃん(トンセンと呼んでいます)から
以前「薔薇水」を贈って頂きました。
東京の神楽坂の絨毯屋さんで売っているということで、汗疹や火傷などに
しゅっと吹きかけると治りが抜群にいいそうです。
実際、私も湿疹ができたので使ってみると・・・翌日、かなり引いていました。
Rちゃん、とっても役にたちました。
ありがとうございました。

CA3G1053.jpg
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。