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韓流な私の気ままブログ

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山頭火の句碑

山口県出身の俳人で「種田山頭火」という方がいます。
お酒をこよなく愛し、その為に波乱万丈の一生だったようです。

防府の大地主の出身で11歳の時、母親は井戸に身を投げ自害。
旧制山口中学(現山口高校)から早稲田大学文学部に入学したが、酒に溺れ神経衰弱のため中退。
その後、帰省し療養の傍ら家業である造り酒屋を手伝い、結婚をし一児をもうけたが父親の放蕩と
自身の酒癖のため破産し、妻子を連れ熊本市に移住。
「がらくた」という古本屋を営むがうまくいかず、大正9年に離婚。
妻子を捨てて東京へ出奔した。その後弟・二郎も自殺。
大正12年、関東大震災に遭い熊本の元妻のもとへ逃げ帰ったが、たびたび酒の上での
乱痴気騒ぎを起こし、ついには44歳の時に泥酔の上路面電車の前に立ちはだかるという暴挙に出て
とうとう報恩禅寺(千体佛)住職・望月義庵に預けられ寺男となった。
大正14年、得度し「耕畝」と改名、味取観音堂の堂守となる。
大正15年、寺を出て雲水姿で西日本を中心に旅し句作を行ない、旅先から『層雲』に投稿を続けた。
昭和7年、郷里山口の小郡町に「其中庵」を結庵したが、体調不良から来る精神不安定から自殺未遂を起こす。
その後東北地方などを旅した後、昭和13年には湯田温泉内の「風来居」、昭和14年、松山市に移住し
一草庵」を結庵。翌年、この庵で生涯を閉じた。享年58。

という人生を歩んだ方です。
なので彼の俳句は自由律に属し、季語や字数にとらわれない特徴があります。

chika442.jpg    santoka3.jpg

さて、美祢市にもこの山頭火が旅の途中に立ち寄り俳句を読んだ場所があります。
美祢市のみなさん、どこだかわかりますか?
CA3G0327.jpg
酒に溺れ、全てを失い旅にでた山頭火ですが、自分の思いを
自由に素直に俳句にし、多くの方に好かれ援助を受けたと言われています。


CA3G0328.jpg
よい宿で どちらも山で 前は酒屋で

網の囲いのむこうに宿場があったそうです。
そして酒屋は。。。今も立派に営業しています
ただ昔は造り酒屋だったのが一部のみ残されて今は、造ってないそうです。

山頭火は山(自然)をこよなく愛したそうなので居心地の良い宿でお酒を飲んで
満足そうな様子が伝わってきます。

輪廻転生があるとしたら、山頭火は前の人生では我慢に我慢をしてきたので、
もしくは何の問題もなく平凡にいきすぎたので
次に生まれたら、波乱万丈でもいい。好きなことをとことんやるぞ~!」
と決意して生まれてきたのかもしれませんね。
それでも一生懸命で人間らしくて多くの人から共感を得たのかな。

ほかにもこんな句があります。

まっすぐな道でさみしい

いつも一人で赤とんぼ

ほろほろ酔うて木の葉ふる

生まれた家はあとかたもないほうたる

日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ








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